2011年2月1日火曜日

コメント恐怖症。

このところ「コメントを付ける」ということが怖い。
大抵、言葉が多すぎたり、場の空気を読まずに正論ばかりを振りかざしているから。

例えるなら、仮に「石川遼のモテモテぶりが理解できん。池田勇太のほうが真剣だしよくやってるやん」と書かれたとして、コメントしていいのは「池田ってストイックだし、それもいいと思うよ」だけであって、それ以上の何事も不要なのだ。

夕べも友人のブログである話題になって、自分はあえてぼかした書き方をしたら、他の参加者にストレートに書かれてしまって「ああ、そこは敢えて伏せていたのに」って感じで萎えてしまった。
しかも、それは自分が普段無意識にやっていて、しばしば周囲から「ここでは正論はいらない」とか「そりゃ上から目線だろ」と批判されていることだと気がついて、余計に凹んだり。

ストレートに書いた人も意図的に、つまりぼくに「お前がやっていることはこういう事なんだぜ」と気付かせるために故意に書いたような気がするし。

今日も一度書いては「こりゃ書きすぎだ」と感じて消したコメントがあったし、コメントにしづらくてメールにしたものでも、一度書き終えてから読み返すと、何か嘘っぽい感じがして送信せずに消してしまったり。

自分の言葉の裏付けの無さにはほとほと呆れるばかりだ。

2 件のコメント:

  1. それってレーシックどうたらって話かな?だとしたら勘ぐり過ぎだわ。(笑)

    もし違っていたとしても、ちょっと極端過ぎるんだよね、さと坊さんは昔からそうだけどね。

    ここであまり萎縮するのは良いことだとは思えないので、まずは自分が普段から考えてることや、最近の出来事で気が付いたことなんかを、一度まとめて吐き出してみればいいんじゃないかな、自分の日記やブログで書く分には特定の個人を誹謗中傷しない限りはなんでも有りなんだから。

    幸いにも今はさほど責任ある立場にも無いわけだし、思い切って書いちゃえば良いんだよ。

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  2. >カズさん

    いつもコメントありがとうございます。

    レーシック云々は勘ぐりすぎだったこと、謝ります。
    ごめんなさい。

    むしろそれ以前からナーバスになっていた。

    元々、躁と鬱の振り幅が極端に大きい性格なのは事実で、
    「ちょうどいい」というのがない。
    だから、周囲とのトラブルを起こしやすいとも言える。

    そこら辺は医者にも相談しなきゃいけないけれど、まずは
    自分が溜めていることを吐き出すことが先かも。

    日記かブログかはこれから決めるとして、そこら辺、意識して
    やってみるようにするわ。

    他者の誹謗中傷をしないように気をつけるのはもちろんです。

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