2011年1月30日日曜日

イラつく、けれど今は何も言えない。

くだんの友人のお話です。
また関係が微妙になっているので、ぼかして書かざるをえないのですが。
個人的には彼はキレる相手を間違えていると思っているけれど、それを証明するすべもない。
ネットでの「空気読めない」発言で、他の方からも批判されていて、それについては正しいので尚更立場が悪い。

それはさておき、彼の身体機能の低下はそうとうマズい所に来ていて、車椅子生活になることは自覚している模様。

ただ、その後に「施設入所も考えなきゃな」的な発言があって、それについては「なぜ今の場所で生きて行くことを模索しないんだ?」という、怒りに近いものを感じたりもしているわけです。彼が今住んでいる場所にはCILもあるんだし。

とはいえ、今の自分はそれを言える立場にないし、介助者を入れて生活するのもそれ相応のエネルギーがいる。

あえて介助者を入れるという選択をせずに、夫婦ふたりで助けあって生きる選択をした方々も知っていて、ぼくはそれについて批判できないし。

個の生き方の領域にまで踏み込むと、人間が出来ることってほんとうに少ないよなっていつも思う。

便秘薬のCMじゃないけれど「モヤモヤしてます。すっきりした〜い」心境。
ちょっと下世話な例えだったかな?

4 件のコメント:

  1. 施設入所<地域自立生活っていう前提でこういう物事を語ってはいけません、だから上から目線という批判を受けるのだよ。

    友人には友人の人生の選択がある、さと坊さんが友人としてできることは情報提供するだけ、それも主観をできるだけ排したものが望ましいと、俺の様々な経験から到達した一つの結論です。

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  2. >カズさん

    ぼくはどちらかと言えば「地域での自立生活」を肯定する立場を
    取る方々とのお付き合いが多いから、偏っている部分はあります。

    当事者運動の中でも、必ずしも地域での自立生活を志向していない
    立場を取る方々はいらっしゃって、そちらとの繋がりはないに等しい。

    主観を排した情報提供も含めて、自分は中立な立場が求められるの
    でしょうね。

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  3. 付け加えるなら、今の「地域における自立生活」はリスキーなものでもある。

    ぶっちゃけて言えば、その地域のCILが消滅しただけで、そこに頼る
    しかない障害者たちは路頭に迷ってしまう。
    東京でもそういうケースがありましたし。
    そして自分だって例外ではない。

    その意味では、入所者としての人権が保証されてさえいるのなら、施設と
    いうものを前向きに捉えてもいいんじゃないかと。

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  4. 万事に言えることだけど。
    物事を見掛けだけで判断するのは危険なことなんだと思います。

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